般若、「根底にあるのは全部愛だと俺は思ってる」 10枚目の新作アルバム、そして武道館のステージへ

昭和レコードを先頭になって引っ張るかたわら、近年は俳優にも活動を広げるなど、その足場をますます強固なものとする般若。ソロ10枚目という節目のアルバムに『話半分』というタイトルを付けるあたり、自らにも矢を放つことをいとわぬ彼の一面を見る思いだが、自分にまっすぐ向き合い、先へと進んでいくその歩みを刻んだアルバムは、話半分に済ませぬ彼の本気をエモーショナルに映す。そしてその歩みは来年、日本武道館のステージへ。

――俳優として映画出演が続いたのをはじめ、声優や漫画のラップ監修など、前作リリース後も動きがいろいろありましたね。


いつも言ってるんですけど、精神的な制作の時間が結構大事で。それをやらないと(アルバムに)着手できないところもあって、なんだかんだで時間かかっちゃったんですけど、作ってはいたんですよ。それで(去年の)秋に出そうとしてたんですけど、納得行かないなあと思って、もう一回そこから弾くとこ弾いて、足すとこ足してっていう感じになったんですよね。


――前作は作りかけてたアルバムを一回止めて新たに作ったものだったようですけど、今回の『話半分』がそのアルバムではないんですか?


般若 そうですね。それとはまたちょっと違う構想でやってます。そっちは一回区切りつけてからかなって感じです。


――10枚目のアルバムということで、やはりご自身の中でも区切りっていう思いがありました? 今回収録された“MY WAY”でも〈第二章 再起動〉って言ってますが。


結局何枚目だろうと俺が作ることに変わりはないんですけど、今までのアルバムの中でも一番好きな音楽をやれたんじゃないかなとは思いました、やってる途中で。ああだこうだ考えても、今いわゆるヒップホップシーンの中で流行ってるビートだったりラップの仕方、つまりフロウだったりっていうのを意識してもつまんないなって、どこかの瞬間にすごい思っちゃったんですよ。で、俺が言える事、俺しか言えない事を言えばいいや、って改めて思ったアルバムにもなったかな。


――実際レコーディングはどうでした?


地味な作業ですよ。俺のライヴDJで前回ぐらいからレコーディングエンジニアとして入ってるDJ FUMIRATCHも余計なこと喋らないんで、全然雑談もしないレヴェルの作業をずっとやってた感じ(笑)。あとは、彼も鋭いこと言ったりしてくるので、いきなり鋭い一言浴びせられて「すいません」みたいな感じでやり直したり(笑)。ホント、ウンともスンとも言わないでやってましたね。

――アルバム通してラップで意識したようなことはありますか?


聴こえの部分ってのはもうどうしょうもないし、わからない。そういうのは遊びのフリースタイルや自己満的なところで好きな時にやればいいし。ただ、伝えるとか伝わるかなってところをちゃんと意識しましたね。


――近作は特に、シンプルな語り口を生かしたいわば表の顔と、毒やユーモア、アグレッシヴな側面を持つ裏の顔を2枚単位でアルバムの振り幅として見せてるようにも見えるんですが、そこは意識してますか?


あー、それはありますね。元々、制作に関して浮気性なんで、一曲を全部作り遂げるっていう事が出来ないんですよ。一つの曲があって、それを1ヴァースやって、次に違う曲の1ヴァース書いてサビ作って、っていうような事をあっちもこっちも手出して作って行くんで、例えば、色で言うと赤の曲が出来たら、次青作って、白作って、黒作ってくみたいなことをやってるんですね。そういう作り方も癖で。


――それで言うと前回の『グランドスラム』は、裏の部分も改めて打ち出したアルバムでしたが、今回は真ん中の“百発百中”と“虎の話(あわよくば 隙あらば 俺だけが)”の2曲ぐらいでそこも抑えて、ストレートな語り口の曲が主体ですよね。


でも、いつもアルバムの中で言いたい事を全部は言わないようにしてるんですよ、俺は。どこか自分の中で腹八分目じゃないですけど、一個引いて次に回す、みたいな。全部言い切っちゃうと、変な話、次作れなくなっちゃうんじゃないか、みたいな恐怖心とか、死んじゃうんじゃないか、みたいなところも昔からあって。


――そうなんですね。じゃあ『話半分』ってタイトルもそうした気持ちからつけたものなんですか?


いや、何にしようかって思った時に、自分の中で話半分で良くない?って思ったんですよ。題材はちょっと重かったりするのもあるんですけど、「話半分のもう半分」って何だろう、って事を考えた時に、もう半分は行動とかでいいんじゃないの、だから話半分で良くねえ?と思って。

――飾らず気持ちを掘り下げた曲が多いじゃないですか。それでもこのタイトルをつけたことにある種の照れみたいなものがあったのかなとも思ったんですが。


いや、みんながどう思うかわからないし、ほとんどの人が「ふざけたタイトルだ」って取るかもしれないですけど、話半分で聞いてくれっていう気持ちもすごいあるんですよ。それに俺は明確な答えみたいな結論だとか結果みたいのはあまり提示しないタイプだと思うんですよ。言い切らないというか。


――なるほど。小節の最後を笑いでオチつけるようなこととかも、言ったらそういうことですか。常に自分をクールに見てるもう一人の般若さんがいるというか。


あ、います、います。ただ、変な話、このアルバムは1曲目に“此処に居る”があって、2曲目の“生きる”で、もう答えを出している感があるんですよ、俺の中では。“生きる”は実は1曲目に入れようかなみたいなところはあったんですよね、一回言い切ってみようかな、というところがあったんで。でも、FUMIRATCHと相談してて、敢えてそれを2曲目にしてそこから話を広げてったっていう。


――〈当たり前は当たり前じゃないと当たり前に意識して走れ〉(“生きる”)というところから出発して、話を広げていく中に、今回はいじめを題材に取った “素敵なTomorrow”もありますね。


題材的にやらなきゃな、と思っていた曲。こういう事ってみんな隠したがるようなところだと思うんですけど、子供対子供じゃなくても、会社の中で上司とか先輩にいじめられてる人ってのもやっぱりいるじゃないですか。そういう人間関係の部分で、どこか気持ちが楽になってくれればいいかなと思って作りました。

――ここで書かれてるようなことは般若さんが経験した実話なんですか?


ものすごい実話ですね。保育園から小学校3年ぐらいまで、やっぱキツかったな、っていうのがあったんで、俺は。いじめられてる人って意外と多いと思うんですけど、「頑張れよ」とか言うんじゃなくて、最後をああいう形で落とそうと思って。


――〈やられ続ける事/ソレは絶対違えから〉っていうサビもそうですけど、その一方で最後の3ヴァース目に笑える部分を残してるのが救いにもなるし、それこそがいじめをやり過ごす一つの方法でもきっとあって。


そうそう。そういうのが見せられて良かったかな、っていう。こういうのは『根こそぎ』とかの頃だったら、やりたくてもまだ出来なかった。ある程度ムダに生きてきたんで出来たかなと思うんですけど。


――そういう意味でも、アルバムとしてまさしく〈着飾るよりも脱ぎ捨てる〉(“一歩”)ものになってますね。他にも我が子にあてて歌った“家訓”のような曲があったり。


もっと成長して行ったら憎たらしくなってくると思うんで、こんなキレイ事じゃ済まされないと思うんですけど、言うてもまだ小っちゃいので、これもまた今のこの状態でしか書けないかなあ、と思って。


――かと思えば、“3時56分”のような人との別れの曲もあるじゃないですか。


やっぱり、出会いあれば別れがある。“3時56分”は全部は言えないんですけど、去年、人の死に直面することがありまして、その時にもの凄く自分の中で考えてしまって、パッと時計見たら、たまたま3時56分だったんですよね。それで次の日から取り掛かってそういう曲になったっていう。俺の中でも、もがいている感じなんですよね、この曲は。


――そういうもがきは他の曲でも形を変えて出てるとも言えますよね。それが引いては今の生きづらさともリンクするけど、そんな今にあってフッと息をつく生き方の提示がいわば“汚ねえ居酒屋”であって。


俺の中でリアルだなっていうのを曲にしたかったし、夢も希望もないような曲なんですけど、はっきり言って(笑)。俺、まずクラブ行かないし、自分のライヴ終わったら帰るし、シャンパンとか飲まねえし、と思ったら、気を遣わないでいられる友達と汚ねえ居酒屋で飲んでるぐらいでちょうどいいでしょ、っていうのがすごいあるんですよね。あんまり現実とかけ離れてもしょうがないじゃないですか。やっぱ根底にあるのは全部愛だと俺は思ってるんで、ホントそんな世界観でやってるかな。


――これまでの全てのアルバムの根底にその愛があると。


全部です。このアルバムは経験とちょっとした贖罪と未来へっていう(もの)。そこに理想論も入ってたりとかすると思いますね。


――改めて完成したアルバムをどう思ってますか?


ずっと言い続けてるんですけど、普段はあんまり自分の曲を聴かないというか好きじゃないんですよ。もちろんどのアルバムも納得して出してるんですけれども。ただ、このアルバムは去年末ぐらいに上がって、距離を取って冷静に見れたとこもあるけど、結構納得出来たかな、っていうのはありますね。すごい素直に言うんですけど、特に20年近くやって来て、“乱世”は一番自分が好きになれた曲かな、とも思うし。僕、いまだにリリックをノートに書いて曲作る人で、歌詞カードにするにあたって歌詞提出する時に、他の曲は僕にしかわからない記号のようにぐちゃぐちゃって書いてあるので時々わからなかったりするんですけど、“乱世”に関しては一語一句間違わずすっと書けたんですよね。そのくらい迷いがなかったんだな、って言うのも思ったし、いい曲になったんじゃないかなと思います。

――“乱世”には〈大事な事って何なのかが分かりかけた~今を生きてるオレ達なら/何でも出来る気がするんだ〉とあります。このアルバムのリリースとともに、来年1月11日の日本武道館公演の決定も発表されましたね。そしてアルバムの最後を“ぶどうかんのうた”が飾るという。


やります、以上です、来てください、お願いしますって頭下げます(笑)。


――ご自身も長渕剛さんの前座でかつて一度立った武道館のステージには、もちろん特別な思いもあると思いますが。


もちろんいっぱいあります。時間があるようで、時間がないような感じですけど、そこはホントに僕の人生振り返った時に必ず節目になるし、大きな事になると予感してます。何がどうなるかわからないけれども。でも、ホントありがたいっすね。こうやって音楽続けられてることもそうだし、今はまだ発表できないものもありますけれど、役者の方でもお声がかかって、そっちはそっちで動いてます。


――それぞれの活動が互いにいい影響を与えあうとしたら理想的ですよね。


人には言ってないけれども、この1年半、役者の方で知らないものをたくさん見て、そういうのを自分の中で大事な経験として楽曲に生かして、逆にそれを役者にも生かそうっていう感じです。

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